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| 19世紀末~20世紀前半は、音楽界においても激動の時代でした。今回は、中でも20世紀音楽に強い影響を与えたストラヴィンスキーらロシア出身の作曲家たちと、シェーンベルクら新ウィーン楽派とその周辺を、楽器占いしてみましょう! |
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ロシア出身の近現代の作曲家たち |
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イゴール・ストラヴィンスキー
1882年6月12日生まれ
楽器キャラ:フルートさん
…ロシアのペテルブルグ出身。法科の学生だったが23歳でリムスキー・コルサコフに弟子入り。26歳の時の作品「花火」がディアギレフの目に止まり、ロシア・バレエ団パリ公演ための新作を依頼される。こうして書かれた「火の鳥(1910)」「ペトルーシュカ(1911)」「春の祭典(1913)」の3部作、特に「春祭」の暴力的なリズムと不協和音が、20世紀音楽の開幕を告げた。ロシア革命の混乱を避け西側に留まり、仏国籍→米国籍を得て71年ニューヨークで没。 |
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セルゲイ・プロコフィエフ
1891年4月23日生まれ
楽器キャラ:バイオリンさん
…ウクライナ出身、13歳でオペラ4曲と交響曲を携えペテルブルグ音楽院に入学。在学中より新しい音楽の鬼才として認められる。卒業と前後してピアノ協奏曲1番&2番、古典交響曲などの傑作を発表、ディアギレフにも曲を提供するが、1918年、革命に揺れる祖国を離れて日本経由でアメリカに亡命。22年パリに本拠を移し、1933年、再三の帰国要請を受け入れソ連に復帰。1953年に没するまで当局と折り合いをつけながら作曲を続けた。 |
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アラム・ハチャトゥリアン
1903年11月12日生まれ
楽器キャラ:ギターさん
…グルジア生まれのアルメニア人。民族色の濃いピアノ協奏曲(1936)、バイオリン協奏曲(1940)で名声を確立し、バレエ『ガイーヌ』(1942)は大成功を博した。ソビエト作曲家連盟の中心として活躍したが、スターリン政策下の48年、作風が外面的・形式的であるとしてショスタコーヴィチ、プロコフィエフとともに当局より非難を浴びる。その後は当局の指摘に従うふりをするが、スターリン没後には反論を発表。78年没。 |
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ディミトリー・ショスタコーヴィチ
1906年9月25日生まれ
楽器キャラ:ピアノさん
…ペテルブルグ出身。13歳で同地の音楽院に入り、1926年の卒業作品「第1交響曲」が高く評価され、一躍注目の作曲家に。1930年代半ばまでモダニズムの先端を行く作風を示したが、当局の批判にあい、社会主義リアリズムの傑作とされる「第5交響曲(1937)」で名誉回復。1948年にも再び批判を浴びるが、オラトリオ「森の歌」で当局の機嫌をとる。75年没。 |
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■楽器占いでみる、ロシア出身の近現代の作曲家たちの性格と相性
ストラヴィンスキー:心の中におおらかさと繊細さ、冷静な部分と感情的な部分を持ち合わせていて、行動面においても用心深さと大胆さという両極端な面があったようです。……【>>全文を読む】 |
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ドイツ・オーストリアの近現代の作曲家たち |
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アルノルト・シェーンベルク
1874年9月13日生まれ
楽器キャラ:シンセさん
…20世紀音楽の中で大きな位置を占める12音技法の創始者。独学で作曲をはじめ、初期には後期ロマン派に近い作品(「浄夜」など)を書いたが、調性音楽に限界を感じて無調的な作品を書くようになる。1923年以後無調による一連の作品を発表。この頃、彼の門下生であるウェーベルン、ベルクとともに12音技法を用いるようになる。1933年ナチス政権の誕生とともにアメリカに渡り、各地で教鞭をとる。51年、ロサンゼルスにて没。 |
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アントン・ウェーベルン
1883年12月3日生まれ
楽器キャラ:サックスさん
…ウィーン生まれ。1904年からシェーンベルクの弟子となる。08年より指揮者として活躍するが33年以降ナチスの台頭により失職。45年9月15日、疎開先のザルツブルク近郊で占領軍により誤射され生涯を終える。寡作で作品は全31点、全集でもCD3枚に収まるほど。作風は後期ロマン主義から出発して無調音楽に向かい、小編成、小形式による緊張度の高い独自の様式を創りあげた。また12音技法を究め、第二次大戦後の前衛音楽に大きな影響を与えた。 |
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アルバン・ベルク
1885年2月9日生まれ
楽器キャラ:ベースさん
…ウィーン生まれ。独学で歌曲の作曲を試みていたが、1904年シェーンベルクに出会い6年間師事、本格的な作曲活動へ。1925年、オペラとしては初の無調作品『ヴォツェック』を初演、大きな議論をよぶ。その後、持病の喘息にあえぎながら弦楽四重奏のための「叙情組曲」、未完のオペラ『ルル』など作曲し、35年敗血症のため死亡。作風は3人の中ではもっともロマン的で叙情に富んでおり、古典的形式の中で12音技法を用いることに専念した。 |
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パウル・ヒンデミット
1895年11月16日生まれ
楽器キャラ:ピアノさん
…フランクフルト近郊の生まれ。幼い頃からバイオリンを好み、13歳で名手といわれた。同地の音楽学校を卒業後、歌劇場管弦楽団のコンサート・マスターを経て、本格的な作曲活動を始める。初期には無調性やジャズへの接近も試みたが、シェーンベルグらの無調~12音技法が大衆に支持されていないと感じ、より親しみやすい古典的な形式感の中で新しい響きを追求した。1934年以後ナチス政府から圧迫され、40年アメリカに移住。56年にはウィーン・フィル初来日公演の指揮者として来日も果たしている。63年没。 |
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■楽器占いでみる、ドイツ・オーストリアの近現代の作曲家たちの性格と相性
シェーンベルク:相当に複雑な精神構造を持っている人ですね。楽器キャラはシンセさんで、すぐれた習得能力と独創性、勘が鋭くてイマジネーション豊かな人。まさに芸術家になるために生まれてきたような人だといえます。……【>>全文を読む】 |
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