 |
 |
 |
|
|
| |
 |
 |
| |
♪昔のシンセサイザーについて教えてください
「今の形のシンセサイザーの元祖は、1952年にアメリカのコロンビア大学で生まれました。楽器というより研究用装置で、膨大な真空管アナログ回路により音を電子的に合成し、自動演奏や多重演奏ができる音楽制作機能も備えていたそうです。その後1964年に有名なムーグのシンセサイザーができてから、いろんな音楽に登場するようになりました。ビートルズの『アビーロード』というアルバムの中の『ビコーズ』という曲にも使われています。ギターや電気ピアノ以外の、自然楽器ではない音ですから、聴くとすぐわかると思いますよ。ロックミュージシャンのキース・エマーソンもステージで使って一躍注目を集めましたね」
♪今までにない新しい音だったんですね。どんなふうに使ったんでしょう?
「当時はある程度の音色はつくれても、一度に出せるのは一音だけ。メロディしか弾けなくて和音は出せなかったんです。だから、曲の中に効果音として登場する感じでした」
♪1つの音しか出せなかったなんて!
「楽器自体がとても大きく、日本の音楽業界の人は“タンス”と呼んでいたほどです(笑)。演奏者はジャックが出ている巨大な壁に囲まれて、片手で鍵盤を弾きながら、片手で線を抜いて別の場所に挿したりしていました」 |
 |
| |
♪大掛かりだったんですね
「その後、同時に複数の音が出せる画期的なポリフォニックタイプが登場します。ヤマハでも和音の出る最高の楽器をつくろうと考え、1974年に35台分のシンセサイザーを一台に内蔵したGX-1を発売しました。GX-1はスティーヴィー・ワンダーも『キー・オブ・ライフ』というアルバムの『ヴィレッジ・ゲットー・ランド』という曲で使うなどいろんなミュージシャンから好評でした。
当時は音色をしっかり覚えておいて一発で読み出せる機能を、見た目にはお弁当箱のような装置が果たしていて、コンサートの時など演奏者が替わるごとに持って来てはガチャッとはめていたんです。すると同じ楽器なのに音ががらりと変わり、お客さんは不思議がっていましたね」
♪なぜお弁当箱(笑)が必要だったんでしょう
「シンセサイザー本体にメモリがなく音色の情報を覚えられなかったし、今のメモリカードのような小型の記憶媒体もない時代でしたから」 |
| ヤマハのアナログ・シンセサイザーの最高峰GX-1。1975年当時の定価は700万円 |
|
 |
| |
「やがて、アナログ・シンセサイザーに変わって、デジタル・シンセサイザーが出始めます。音の出始めや出終わり、音量のコントロールなどを数値で決めるんですが、決め方の仕組みはメーカーごとにバラバラでした。それをメーカー間で統一したのがMIDI(ミディ/Musical Instrument Digital Interface)です。これで音楽環境は格段に良くなりました」
♪MIDIにはどんな良さが?
「データのやりとりの仕組みを統一したので、世界のどのメーカーのシンセサイザーも手持ちのシンセサイザーに簡単に接続でき、鳴らせるようになりました。MIDIが登場する前はいろんな音を出すためにステージ上にたくさんシンセサイザーを並べていましたが、登場後は直接触れる必要のない音源を裏に回せるようになり、ステージ上の台数はぐんと減りました。シンセサイザーに限らず、MIDIに対応したいろんな音源をつなげて鳴らすこともできるんです」 |
 |
| |
♪音源って?
「音源とは音が出る機器の総称です。シンセサイザーのように鍵盤付きのもの、電子ドラムのような楽器の形をしているものもあれば、音の鳴らし方を記憶して再生するQYのようなシーケンサーや、MIDIで発音させる、鍵盤がないトーンジェネレータもあります」 |
| |

コンピュータにもつなげるトーンジェネレータMOTIF-RACK ES |
 |
| |
「今ではパソコンが大活躍していてシンセサイザーの代わりに音源そのものとなったり、シーケンサー役のソフトウェアでMIDIデータや音声データの高度な編集ができます。さらに、それらをインターネット上にアップして他の人とやりとりすることも簡単になりました」
♪だれでも手軽に使えるようになったんですね |
 |